2018年06月21日

油断あるいは過信、もしくは焦り

 ロシアの大地に“神風”が吹いた時、私は10人ほどの仲間といっしょに、市内某所の27畳の和室に置かれた大型スクリーンにプロジェクターから映し出された赤いカードがレフェリーのポケットから取り出され、高々と示される映像を観ながら、一瞬の思考停止に陥っていた。えっ、一発退場とペナルティー・キック??
 現実に起こったことの意味を考えてみるのに、私の鈍い頭では一日以上の時間が必要だった。6月21日(木)の時点でいくつか整理してまとめておこうと思った。

 ニュース番組やワイドショーを見る限りでは、海外でも驚きの結果として報じられている。ほぼ90分間、10人を相手にして戦った結果の勝利でも、たいへんな驚きなのか。確かに、4年前に同じく10人を相手にしてギリシアに勝ちきれなかった時よりは進歩したのかもしれない。

 試合前には、あれほど映像やインタビューで露出していた本田が、試合後ほとんどまったく登場しなくなった。変わって、当然のことながら大迫に関する情報があふれだした。私は喜ばしいことだと思う。試合のMOMは、誰が見ても大迫だろうからだというだけでなく、日本代表チームのシンボルというか、中心というか、ゴールが期待される頼られるべき存在としてセンターフォワードの選手が取り上げられるのは、いつ以来、誰以来なのだろうと思い返してみても、なかなか名前が出てこない。ここ最近はずっと、ずっと本田であり、香川であり、その前は中田英寿であり、中村俊介などMFだったのではないか。
 ただし、ようやく誕生したヒーローは、世論によって持ち上げられ、当人の意志にかかわりなく思い責任を背負わされてしまう。大迫にそれを引き受けるだけの覚悟と精神力が備わっていることを心から願う。

 西野監督の勝負師としての感覚には感服せざるをえない。いくらスタッフが豊富なデータを収集し監督に提供したとしても、最終判断は監督がせざるをえない。スタート・メンバーに香川・乾・柴崎の名が連なっているのを見た時、私は、拮抗したゲーム展開に持ち込めた時、誰を切り札として途中出場させるのかと考えてしまった。リードできた時は、チームを安定させるために、岡崎・山口・本田らを使えるとは思ったが。
 西野監督は違った。先制攻撃を仕掛けたのだ。ワールドカップ初戦、前監督を更迭して、チーム作りの時間がない中で、初戦敗れると決勝トーナメント進出が絶望的になる、そんな試合に監督生命をかけて攻撃的布陣を決断した。根拠となるデータや理論はあったろうが、最後の判断は“賭け”としか思えない。そして、その“賭け”に勝った。元日本代表監督の岡田氏は、『サッカーに正解はない。』と新聞に書いていた。正解がないからこそ、結果が問われるのである。

 コロンビアのペケルマン監督が、10人になった後、攻撃の中心選手をボランチの選手に交替させた。これで、コロンビアも落ち着いた。私は、監督のこの選手交代をさすがだなと感心した。この試合を勝ち点1で良しとし、一次リーグ勝ち点最低5で勝ちあがる戦略に変更したのかと思った。
 ところが、二人目の交代がハメス・ロドリゲスだった。10人でもやはり勝ち点3を取りに来るのかと思い直していたところ、交代出場して1分も経たないうちに、私はハメスの体が重い、キレが鈍いように思うとテレビ観戦の仲間に言った。テレビ解説をしていた岡田氏も、私から少し遅れて同じように話していた。コロンビアの監督は、日本を過小評価したのか、その時のハメスでもゴールできると思ってしまったのだろう。あるいは、ハメスを出場させずに勝ち点1または0に終わった時の、コロンビア国民の世論を恐れたのか、ハメスを出場させろという上からの指示があったのか、などと邪推させてしまうほど、ハメスの状態は良くなかった。もっと動けるMFかDFを入れ、ボールを奪ってからのカウンター攻撃を狙ったほうが、日本にとっては脅威になったように思った。

 日本時間6月19日(火)午後11時過ぎ、隣接する回転寿司店が閉店したころ、私たちは日本勝利という予想もしなかった結果に戸惑いながらも喜びながら、近所迷惑にならないようにひっそりと家路についた。そのころ、500㎞離れた渋谷の交差点では、DJポリスが押し寄せる大群衆をさばいていた。同じ時、たぶん地球の反対側では、黄色いシャツを着た大群衆が悲嘆にくれていたに違いない。



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