2018年05月28日

白と赤

まさに“衝撃的”としか言いようのないゴール・シーンばかりであった。ジダン監督は、就任から3年連続のヨーロッパ・チャンピオン。凄すぎる。有料放送を観る経済的余裕がないため、C・ロナウドのプレーをテレビで観ることはほとんどありませんが、この日観た彼のプレーは、ユニフォームの下に隠されているのは、本当に生身の人間であるのか疑問に感じてしまうような、金属的な機械的な動きであった。思い浮かんだのは、そう“エイトマン”。知っている人は少ないでしょうね。一度“エイトマン”の映像を探して観てください。きっと同感してもらえると思います。
あの日、私は、午前4時半くらいには起きて、後半からでも観戦しようと考えていました。齢を取ってくると朝が早いので、目覚まし時計に頼らなくても起きられると思っていたのでした。ところが、普段よりも眠りが深かったのか、妻に起こされてテレビをつけたら、何とすでに後半のアディショナル・タイムに入っていました。画面では、白と赤のユニフォームが対戦していました。すぐに白がレアル・マドリッドで、赤がリバプールと分かりました。
そして、そのユニフォームの色は、単に両チームを識別するだけのものではないということも、サッカー関係者なら誰でも理解できます。ユニフォームは、特にその色は、そのクラブの歴史であり、全サポーターのエネルギーを一つにまとめる旗印であり、クラブのアイデンティティの象徴そのものであるのです。だから、どのクラブもホーム・ゲームでは、基本的にはその色のユニフォームを着るのです。そして、ユニフォームのデザインの細部は変遷していっても、ベースになっている色を変えることはないのです。それは、許されないことなのだろうと思います。
では、あるクラブのユニフォームの色が、なぜその色になったのでしょうか。分かりませんね。分からないけど、どのクラブもその誕生は、少数の同好者でスタートしたのではないでしょうか。その時、たまたま何かの事情で、ある色になってしまった。そして、クラブがだんだんと成長するにつれて、その色に何らかの意味が付与されていった。そんなクラブが多いのではないでしょうか。いろいろな“神話”は後から付け加えられていった、そんなケースが結構あるのではないかと推測します。
我が海南フットボール・クラブのユニフォームの青黒の縦縞も、そんなケースの一つです。クラブが創設された頃は、他チームとの識別の意味合いが強く、時々色が変わっていったと記憶しています。現行の縦縞になったのは、ちゃんとしたクラブを目指すのなら、ユニフォームの色を固定しなくてはいけないということになり、それではどんな色にしようかと話し合いました。しかし、当然それぞれに好みがあり、そんなに簡単にまとまるはずがありません。そのうち何かの拍子に、その時とても強かったインテルみたいにしようと言い出す奴がいて、何となくそうなってしまったというのが、私の記憶です。だから、現在のユニフォームの色にもともと特別な意味が込められていたわけではありません。
しかし、一度固定されてしまったら、時間が経つにつれて、そのユニフォームにクラブの歴史が自然と織り込まれていって、クラブのアイデンティティを象徴するものに育ってきたのです。今や県内では、青黒の縦縞を見たら誰でも海南FCとその成績や雰囲気を思い浮かべてくれるのではないでしょうか。好き嫌いや好みの問題では、すでになくなっているのです。今更、色を変更することはできないのです。もし変更するとすれば、それは、まもなく創設50年を迎えようとするクラブの歴史と、現在のクラブのアイデンティティそのものを否定することにしかならないからです。時間が積み重なって、過去から現在に続く会員のサッカーを楽しんできた歴史が、すでに神聖なものとして青黒の縦縞のユニフォームに染みこんでしまっているのです。
だから、クラブの一員であるなら、できるだけ試合では青黒の縦縞を着なくてはいけないのです。ユニフォームに袖を通すということは、いわば自分のクラブへの帰属意識とプライドの表明であり、クラブに対する信仰心と忠誠心の発露でもあるのです。それは、どのクラブでも同じです。だから、試合は現在のチームの対戦でありながら、同時にユニフォームに染みこんでいるクラブの神話を背負った神聖な戦いにもなるのです。
今年のヨーロッパ・チャンピオンズリーグ決勝戦もまた、白と赤の神聖な戦いであり、あの試合は新たな神話の一部になっていくのでしょう。



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